「正」という漢字が好きすぎて辛い。
書類の数を「正」で数えているときに、ふと思いました。
日本で最も、書きかけで放置されている漢字、それは「正」ではないか。と。
書きかけなんて寂しいはずなのに、「正」はこれも仕事だからね!とそれを受け入れているのです。
毎日書きかけで放置されながら頑張っているのです!!
その健気さに惚れた!!!!!!!
その時なにかが開いた。
その日一日「正」が好きすぎて胸が苦しかった。
■「正」のすてきなところ■
◎意味も見た目もかっちりしている。
◎パーツが欠けていても美しい。
◎数数えのような庶民的なものから、大正の年号などの厳格なものまでこなす仕事の幅
広さ。また、そのギャップ。
◎直線のみで表現されているフォルム。どんな書き方をしてもある程度の堅さが
でるところ。
◎線と線とがばらけたり、ななめっていたり、そうやって乱れても自我を保って
いるところ。(あるていどの堅さはのこっている。)判別できるところ。
◎漢字と人間は対等な関係である。歴史では年上、書いてからは年下。馴染み深い。
うまいこと言えませんが、魅力はこんなものじゃないです!まだまだあるんです!
擬人化とかしたいわけじゃないのです。そのままの「正」がいいのです。
ただただ「正」という漢字の仕事ぶりや、意味を考えると、可愛くて可愛くて仕方がないのです。
もし漢字を一文字連れてゆけるのなら「正」がいい。隣に並びたい。
あの直角90度を指でくいっと傾けて、こらって言われたい。
でも人の名前や漢字単品にはそんなにドキッとこないのです。
その漢字の存在そのものにドキドキするのです。ごはんものどを通らないくらいに胸がキュッとするのです。
